

先頃、日本プロ野球界の重臣でアテネ五輪日本代表監督の長嶋茂雄氏が脳梗塞(中大脳動脈の塞栓)で倒れられ、日本列島に衝撃が走りました。常日頃健康に留意している健常者でも、過度のストレスが加わると予期せぬ病に倒れてしまう危険性があります。ましてや、異常所見があるにもかかわらず放置すれば、将来、がんや心筋梗塞や脳卒中で倒れ、寝たきりになったり、死に至る危険性すらあるといえます。
前号では、日系ブラジル人と日系ハワイ人との平均寿命の比較から、「日本食が寿命を延ばす」と題して話しましたが、今回は、「自分は病気ではない」と思っている軽度の異常を示すレベルの人の健康管理の重要性についてお話します。

健康診断の現場で、生活習慣病、特に循環器疾患について有病者と健常者とを明確に区別することは不可能です。そこには様々なレベルのリスク状態が存在するため、当協会の健診結果では、「異常なし」「心配なし」「要生活注意」「要経過観察」「要再検」「要精検」「要治療」および「要経過観察継続」「要治療継続」の9つに区分して判定しています。そして、「異常なし」「心配なし」を除く「要生活注意」以上を有所見として報告しています。
しかし、「要経過観察」「要再検」と判定された方の大部分や「要精検」「要治療」と判定された方の一部は、指導も治療も受けることなく放置している間に、次の健診の時期が来てしまうことが多いようです。健診結果や受診勧奨の紹介状が生活習慣の改善、健康づくり、疾病の早期発見に活用されることなく、単に異常所見の指摘に止まってしまっていることが多いのが現状のようで残念に思います。

がん(悪性新生物)は日本人の死因の第1位を占め、その予防が重要な課題になっています。WHOが指摘するようにがんの最も大きな独立した危険因子は喫煙であり、禁煙することにより肺がんなどの発症・死亡が減少することが明らかにされています。がんの予防は、禁煙と新鮮な野菜と果物の摂取に集約されると思います。
次に大きな割合を占めている死因は心筋梗塞(心疾患)と脳卒中(脳血管疾患)ですが、脳卒中の主な危険因子は、日本人の場合高血圧、糖尿病、喫煙であり、心筋梗塞では、これに高コレステロール血症が加わります。特に高血圧、喫煙、糖尿病は三大危険因子といわれ、総死亡率を高める因子であり、現在のところ疫学的に示された日本人の寿命に対する数少ない短縮要因と考えられています。

これらの危険因子は軽度の異常であっても脳卒中や心筋梗塞の発症の危険性を高めることが特徴です。
下記のグラフは、最大血圧(収縮期血圧)レベル別にみた脳卒中死亡の危険性について日本人女性の成績を示したものです(NIPPON
DATA 80 岡山ら)。最大血圧が180mmHg以上で脳卒中の危険度は最も高く、最大血圧が低くなるほど脳卒中死亡の危険度は下がります。しかし、159mmHg以下であっても脳卒中死亡の危険性は高く、119mmHg以下と比較して明らかに高い値を示しています。このことは男女共通であり欧米の報告ともよく一致しています。この傾向は高コレステロール血症や糖尿病であっても同様であり、効果的に予防するためには明らかな異常であるか否かではなく、理想的な値からの「ずれの大きさ」を問題とすべきであると考えられています。
最大血圧が180mmHg以上と高い人は一人当たりの死亡の危険性はもちろん高いのですが、日本人全体に占める人数は少ないのです。最大血圧が160〜179mmHgの群では一人当たりの危険性は低くなりますが人数は多くなり、むしろ死亡者数は増加しています。従来は境界域高血圧といわれ、現在は軽症高血圧と分類されている最大血圧が140〜159mmHgの薬物治療を必要としない群から最も多くの脳卒中死亡が起こっています。

血圧が10mmHg上昇すると脳卒中発症率が1.2倍になることが明らかにされています。また、血圧が2mmHg低下すると脳卒中死亡は8.5%低下すると予測されています。循環器疾患死亡におけるこのような傾向は、耐糖能異常(糖尿病)や高コレステロール血症であっても同様に認められます。

最近、高血圧、糖尿病、喫煙、高脂血症の4つの危険因子についての研究がなされ、1つの危険因子につき、相対危険度が2.5〜3倍増加することがわかりました。つまり、これら4つの危険因子を全く持たない人が死亡する危険度を1とした場合、もし高血圧があれば死亡する危険度は3倍に増加し、高血圧プラス糖尿病なら3×3=9倍に増加、高血圧プラス糖尿病プラス喫煙なら3×3×3=27倍に増加するといった具合です。
また、飲酒が高血圧の危険因子であり、飲酒によって血圧が上昇し、禁酒によって短期間に血圧が低下することも疫学的に証明されています。

最近の研究により、一般に薬物治療の適応とされない高血圧、高コレステロール血症、糖尿病の軽度の異常を持つ者や喫煙者に対し、保健師や管理栄養士などの保健指導者が定期的な面接による健康教育をすることで、異常を示していた検査値が有意に改善することが明らかにされました。
当協会では、保健師による健康相談、保健指導を企画しております。是非活用していただきたいと思います。

血圧の治療を受けていない軽症高血圧の集団から多くの脳卒中死亡が起こり、安静時心電図で異常が認められない集団から多くの狭心症、心筋梗塞が起こっています。
薬を飲むほどではないからと放置せず、健診結果をもとに生活習慣の改善に努め、豊かな勤労者生活を送っていただきたいと願っております。
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